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2015GW 東北-1 被災地を行く


どうしようか、どこ方面へ行こうか、それとも近場で茶を濁すか、
木曜日まで決めかねていた2015年のゴールデンウィーク。

和歌山で熊野詣、福井で東尋坊、色々考えたんですけど、
東日本大震災の被災地に行く事にしました。

4年が経ちましたが、いまだ自身の目で見てはいません。
テレビの画面で見る被災地の今。それがワタクシの知りえる今。

大変だったね、辛かっただろうね、がんばろうね、応援してるね。。。

言葉の上っ面と募金だけじゃいかん・・・と思いつつ、
機会が無くて・・・と言いながら、気づいたら4年が過ぎてます。

今の被災地を自分の目で見る事で、何かしら思う事があるだろう。
これが正解!という答えが見つかるワケじゃないけど、
直視する事で、今まで以上に五里霧中になるのは分かってるけど、
ともかく行って見て、堂々巡りでも良いから何か考えよう。


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5月3日 道の駅 安達 からスタート



今回とても長いです。自分でも噛み砕ききれていないですし、
ワタクシとオトさんが感じた事を、そのまま記録してます。

震災と復興に関しての個人的な思いも書き連ねてありますので、
読んでもイイよーと言う場合は、右下の 『 このまま続きを表示する 』 からどうぞ。





GWだからか、夜の国道4号はウソのようにトラックが走っていなくて、
日付が変わる前にスルスルと安達まで到着。

道の駅安達から相馬市までは、人間のしでかした事の重大さに絶句し、
一体我々はどうしたらいいんだ・・・と、脳を沸騰させながら走りました。

普通の農村の風景の中、ごく普通の日常生活のすぐ横に、
黒いビニールシートで覆われた山と、それを囲う鉄板の塀。
あれは何だ? うちの方で見る堆肥の山みたいな感じだけど?

のどかな山間の農村風景の中に、ぴょこぴょこと存在する黒いシートの塊。
これから何十年も、あの除染された土と共に生活があるんだ。。。

『 いっぱいあって大変だね、苦労は分かち合おうよ、少しうちが引き受けるよ 』

なんて、おいそれと言ってはくれないですもんね。
隣りに有ろうと、そこで生活しなきゃならない。逃げ出せない。

ここで生活する人達の苦労と心労は、それはそれは大変だと思うものの、
じゃぁ、一部でも苦悩を引き受けて分かち合ってくれと言われれば、
ご近所に、引き受けた土の保管施設が出現するとなると、
それはそれで 『 うっ・・・ 』 となる。 自分の中が矛盾だらけで嫌になるな。

そんな現状の横で、果たしてこの立派な道路が要るのか?と思うような、
道路計画が着々と進んでいる訳です。
確かに道路が出来る事で動き出す事もあるとは思うのですが、
お金の使いどころの 『 順番 』 これで合ってるんだろうか・・・

オトさんと、色んな事を話しながら太平洋沿いへ。



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国道6号を仙台に向けて走る


仙台に近付くにつれ、津波の塩害被害でしょうか、
白っぽくなった、放棄地のような土地が沢山目に飛び込んで来ました。
畦で区切ってあるので、かつては水田が広がっていたのでしょう。

土壌改良中の茶色い土地と、塩分濃度濃いまま、雑草も生えてない土地、
更地になっている、かつては住宅が建っていたであろう広大な土地、
その中を突き抜ける工事中の道路。

黒い津波が田んぼを飲み込みながら駆け上る映像を、
テレビの画面で見ながら戦慄したのを思い出しました。

相馬市までの風景は、人間の罪について考えさせられたけど、
ここからの先の風景は、人間には太刀打ち出来ない怖さを思い起こす、
全く別の被災地風景だったと思います。


GWで混む仙台市内は迂回して、海側の道を走ろうとしたのですが、
途中の橋が落ちていて工事中の為渡れず、急遽三陸自動車道へ。
松島ICで少々渋滞するも、そのまま無料区間に突入し、
行ってみたかった石ノ森萬画館は、またの機会に。

桃生津山ICで下車して、南三陸町へ。


4年も経っているんだから、津波を忘れない為の保存遺構はともかく、
さすがに破壊された物体がそのままというのは、
そこらじゅうで目入るワケじゃないと、そう思い込んでいたのが、
どんだけ無知だったのか思い知らされました。



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鉄の梯子がメチャメチャ・・・



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アチコチに見上げる程の残土の山がそびえ立つ



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ひっきりなしに目に飛び込んで来る工事の風景



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途切れ途切れに残る気仙沼線の高架とガレキ



4年経っても、今なお残るリアルな津波の爪跡に愕然。
あぁ、これは2年前では私は直視出来なかったかもしれない・・・



国道45号を走っていたら、何やら聞こえる太鼓の音と、コイノボリが見えて来ました。
予定のない旅ならではの寄り道。いざ復興商店街の祭りへ!



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伊里前福幸商店街をぶらり



おっちゃんが売ってたタコの唐揚げが、衝撃的な美味しさでした。

ハイよ、さんびゃくまんえーん。
ごひゃくまんえーんでオツリお願いしますー。
オッケオッケー、オツリにひゃくまんえーん♪

ベタな会話が愉快愉快。

「 出来立てで、あったかいんだからぁ~ 」 とクネる踊り付き。
おもしろかったー! 今まで食べたタコ唐揚げの中でダントツ一位!



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明るい商店街の真裏には、今は使われなくなった歌津駅



駅舎はかなり高台にあるのですが、下り側のホームはレールごと無いそうな。
駅舎に付属してる構造物に付いてた外階段が、
握りつぶしたかのように、グチャッとひしゃげていて、
あの時ここは・・・と想像すると、背筋が凍る思いがしました。



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4年経っても、あの水門施設は壊れたまま・・・



時間は過ぎているのに、片付けすらままならない物が多くて、
そういう今は、テレビで見た映像よりも 『 ガンッ 』 と来ました。

ホント、何となく画面で見て分かってる気になってたんだなぁ・・・

震災の時にズタボロになってしまった三陸の各港町は、
牡蠣のイカダが浮かぶ、綺麗な湾の風景が復活していますが、
いざ高台から湾内の写真を撮ると、必ず工事の風景が写り込みます。

道々何ヶ所も、仮設住宅が立ち並ぶ光景を横目に走りました。
これが現実の進捗状況なんだ。まだ4年ぽっちですもんね。。。


陸前高田の奇跡の一本松を見に立ち寄りました。



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道の駅高田松原は、当時の猛威を伝えるべく残されています



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ここが戦場で、爆撃をうけたかのようで・・・



一本松を見る展望台への駐車場は、渋滞で入れませんでしたが、
その目と鼻の先に、道の駅跡と慰霊碑と、
津波被害と今後の復興計画を展示した施設があります。
一本松も希望の証として重要ですが、こちらに寄って正解でした。


慰霊碑の建物の中に写真が展示してあり、
以前の松原と、震災後の写真を見比べる事が出来ます。
まるで消しゴムで消したかのように松の森が消え去り、一本だけヒョッコリと残った松。
背後の道の駅跡には、その時引っこ抜けた松の根が展示されてました。
どれだけの力がここを襲ったのか、想像の域のキャパを越えてる・・・



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引っこ抜けた松の根の向こうには、プラント工場のような光景



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旧大槌町役場の一部が震災遺構として残されています



慰霊の碑前で、一人手を合わせているライダーさんを見ました。
すごく記憶に残る光景でした。
個人個人では大きな事は出来なくても、寄り添おうとする人は居てくれるんだなと。


今回一部地域だけですが、震災後の現実を見に行ってみて、
『 これからこうしよう! 』 だとか、『 これが私の方針だ! 』 とか、
何かハッキリしたものが見えたかと言えば、それは見つけられず、
自分の中の矛盾だとか、ままならない復興の現実だとか、
自然の猛威だとか、人間の愚かさだとか、人間の強さだとか、
抱え込んだ事実と、それをどうやって噛み砕けば良いのか、
ますます正解が分からなくなった気がします。

でも、知ってる気にだけなっていた事を、
もう一度本気で考える、きっかけになりました。

重機を運転出来る訳でもなく、ドッカーンと巨額の寄付が出来る訳でもなく、
大声を上げる勇気もありはしないけど、
これから先も継続して自分がして行ける事は何か? 
何が出来るかを考えなきゃと、そう思えた事が、旅の収穫だったと思います。


除染された土の黒いビニールシートの山を見て、
無害になるまで後始末する手段すら見つけていないのに、
電気が必要だからと、それを利用し出した 『 人 』 の傲慢さって、
一体どうなんだろう? と考え込み、計画停電で四苦八苦したのを思い出しました。

三陸を走っていて所々で見かけた遺構や、壊れたままの物体には、
テレビで見ていた以上に、津波の恐怖をに思い知らされました。
今だ仮設住宅で生活する人々の未来への思いは、一体どうなんだろうか。

そんな中、福幸商店街で頂いた味噌汁は、とても美味しかったです。
陸前高田で見た、視界をグルリと駆け巡る埋め立ての巨大な施設に、
脅威で打ちのめされても尚立ち上がる、人間のパワーを感じました。

オトさんもワタクシも、お互い見せはしませんでしたが、
涙が出るのをこらえながら見た、苦しくなる風景はありました。
でもやはり、行って見てきて良かったと思います。

たった4年じゃ、とても復活しきれるワケないけど、
地道に少しずつ前進する人間の4年間の頑張りだって、中々凄いぞ。 
自分が出来る事は考える事だ。色々考え続けるぞー!



さてさて、本日の締め括りは観光!!!
日暮れギリギリに最終目的地に滑り込みました。
昼間は混んでたであろう景勝地ですが、夕方5時を回り既に混雑は無く、
一番近くの駐車場にスルッとね。

イヌの皆さん、お待ちかねの散歩タイムですよー♪



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さぁ、歩け歩け~


第一駐車場からグングン下り、整備された岩場をグルリと回り込み、
やっと到着した今回の目的地。 極楽浄土はいかがかしらー



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極楽浄土は曇天~



晴れ渡っていればキレイなブルーが見れたはずの浄土ヶ浜。
日も暮れてるし、曇り空だったけど、のんびり散歩出来ました。

山口県の角島に行った時も、ビューティフルブルーは見れず曇天。
今回の浄土ヶ浜も曇天。なんでこうなるかなぁ~。

ま、到着したからイイけど。



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少しだけ登って展望台からの絶景を拝む


ちょっとした山を登ると展望台から浄土ヶ浜全体を見渡せます。
青い海が広がってたら、本当に極楽浄土の風景だったことでしょう。あー残念。



翌日の予定を考え、夜のうちに内陸に移動。
ガソリンスタンドが無いっ!とドキドキしながらも、道の駅遠野風の丘に到着。
ここのトイレめっちゃキレイでした。

もう少し先まで行っとく予定でしたが、ご飯食べたら面倒くさくなっちゃって、
そのまま遠野でビバーク。お隣りは群馬ナンバーという笑っちゃう光景での就寝。


明日は世界遺産を散歩しますー

Comment
LONmama
遅かれし 拝読・・・被災地への記事があたっとは・・・ いや・・・ いまだ 胸がうっぷと嗚咽モードになり こみ上げ涙がでてしまう私でして・・・
5年くらいたったら・。。・・なんて思っている間もないうちに熊本が・・・。 津波以外の部分では それ以上のダメージ。 この日本 これ以上 もうこれ以上は壊れないで!と 叫びたくなるものですね。  中越も忘れてはいけない・・。当時 3.11後の2ヶ月後 東北の帰りにいった中越では 世の中がすべて東北に目が行ったことへ とてもとても嘆き悲しんでいたのを思い出します。  地元に方々は みな その目でしっかり観て行ってくれ! と 言われました。 遠慮せねばという気持ちもある中 そのときにみて感じれた事は なにより後世へ伝えれる力になるはずですね。  

そう 先日 近所の国道を 汚染廃棄物 搬送中 というトラックを見かけました。  
【LONmamaへ】
行って、見て、その時点での現状を目の当たりにしてみて、
やっと実感として身に沁みた旅でした。
思う事はたくさんあったけど、やっぱり現地に行って見て良かったです。
遠い記憶の中の出来事にしちゃいかんと、
あの黒いビニールの塊を見て思いました。
また何年か経ったら、その時の被災地と復興を見に行きたいと思います!
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